プレゼント 前編


 ない……
 改めてみてみると、ことごとく、ない。

 早瀬ヒロはひとり残されたリビングで、きょろきょろと忙しく視線を飛ばしていた。
 白基調の清々しいリビング。座り心地のいいソファーと引き出しのついた機能的なウォールナットのセンターテーブル。ラグはコットンシャギーで肌触りがいい。ローボードもセンターテーブルと同じホワイトオークで、上にはフォトスタンドがいくつか並んでいる。照明はシーリングスポットとフロアスタンドがあるが、どちらもホワイトオークのウッド仕様だ。それらの調和を乱さずに、大きすぎない薄型テレビと、オーディオセットが並んでいる。窓際にはカラフルなガリレオ時計と、瑞々しい花を咲かせた鉢植え。どこを見ても無駄がなく、完璧に均衡が取れている。

 ない。
 足りないものが、ない。
 どうしたものか。ヒロは腕組みをして考え込む。

 完璧なのはリビングにとどまらない。むしろ、レストランでも開けるんじゃないかというほど、設備から器具、スパイス類まで整ったキッチンや、ローライフレックスやアンティークライカの飾られたガラスシェルフと、シモンズ社のベッドを備えた寝室はリビング以上に隙がない。
 トイレもウォシュレット・ウォームレットだしなー……
 思わずため息もでる。

「ヒロ? どうかした?」
 いつの間に戻ってきていたのか、柏木直帆がカップに紅茶を注ぎながら訝る。
 アップルフレーバーのいい香りが漂ってきて、その気がなくてもほっこりする。
「ねえ、直帆ん家ってさー、ティーセットいくつあんの?」
 紅茶の注がれた白いカップを、ヒロはしげしげと見つめた。

 シンプルなものだけど、形が少し変わっている。純粋な丸じゃなくて、ちょっと四角っぽいこれは初めて見る。
「数えたことないからわからないけど、どうして?」
「いや、いつもカップ違う気がしたから」
「そう?」

 直帆はにこにこと長閑にお茶を飲む。
 それを眺めていると、何より隙がないのはこの人の姿形だ、と思ってどきどきする。
 っていうか、そのシャツもパンツもはじめて見るよ……
 という感想を抱くヒロ自身は、着古したTシャツに履き潰したジーンズ。この家に着てくるのは何度目かわからない。それほど、頻繁に会っているからしかたはないが、直帆が同じ服を着ているのは、あまり記憶にない。

 方や数年前から活躍しているフリーの写真家。方やまだ自立して間もない建築家。生活には目に見えて差がある。
 けれど、そんなこと本当はどうでもいい。
 ヒロが直帆の家の隅々や、彼の身なりを気にするのには、もっと別の理由があった。

「ねえ、直帆」
「ん?」
 直帆は相変わらず優雅に紅茶を楽しんでいる。開けた窓から夏を感じさせる風が吹き込んで、白いカーテンを揺らした。
 ヒロは意を決して、というか、開き直って訊く。
「直帆、なんか欲しいものない?」

 直帆はきょとんとして、ぱちぱちと長い睫毛を上下させる。
「欲しいものって?」
「欲しいものは欲しいものだよ」
「どうしてそんなこと訊くの?」
 ちょっと首を傾げる。そんな些細な仕草がいちいちヒロの胸をきゅんとさせる。
 だけど今は、ときめいていられない心境。

 ヒロはほんの数秒間悩んだが、堪えられずに早口で言った。
「誕生日だったでしょう? 二十四日。過ぎ、ちゃったけど、せめてプレゼントだけでもって思って……でも何あげていいかわかんないの。直帆ん家、足りないものがないし」
 本当はこっそり用意して、びっくりさせようと思っていた。それが叶わなくなったことに、ヒロは勝手にいじけて、文句を言っているみたいになった。

「気持ちだけで十分だよ」
「だったら、俺も気持ちだけでいい」
「そんなのダメだよ。もう準備もしてあるんだから」
 直帆は目でキッチンを示した。そこでは明日に向けてもう料理のしこみがはじまっている。きっと冷蔵庫も満杯だろうし、たぶんプレゼントだってどこかに用意されているのだろう。

 誕生日を訊かれたのは二日前だった。つまり誕生日の三日前で、まさかそんな直前だと知るはずもない直帆はとても驚いたが、すぐに気を取り直して、それならお祝いしようとはりきった。
 直帆の誕生日を知ったのも、その日。
 どうして過ぎるまで教えてくれなかったのか、どうして当日にでも言ってくれなかったのかと、今さら責めてもどうしようもなく、このままでは今年はヒロだけが祝ってもらう形になってしまう。
 計画がうまくいかなかったことより、そっちのほうが重大で、ヒロを拗ねさせている。

「俺だって、直帆に何かしてあげたいよ……」



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