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「これ彼女からの、プレゼントじゃないの?」
 なんでこんなものを、自分が受け取らなきゃいけないのかわからない。義理でもらったものならともかく、本命のプレゼントをもらっても困る。
 もしかしてバレンタインに暇してる僕への同情? 
 だけど、響がモテないどころか、毎晩引く手数多、選り取りみどりなのは知っているはずだ。しかもその相手が全部同性である男ばかりだということまでも。

「彼女はいないって言ってるだろう。それは、お前へのもんだ」
「秀ちゃんから?」
 訊くと、秀史はぶっきらぼうに、ああと返事を残してまた厨房に戻っていった。

 持たされた紙袋のなかに視線を落とす。チョコレート色の包装紙とゴールドのリボンが見える。
 響は左手をつっこんで、箱を取り出してみた。そこそこの重さがある箱。見ているうちに気になって、リボンを解いた。
 ビリビリと折角の包装紙を破いてみると、なかの箱はガラス製で、収められているものがすぐに目に飛び込んできた。
 響は自然と息を呑んでいた。
 見開いた目で、それに見蕩れる。
 こんなに綺麗なもの見たことがない。
 入っていたのは、琥珀色のお城だった。
 天井の蛍光灯に照らされて、きらきら光って見える。小さなお城は細工が素晴らしく、飾り窓や、とんがり屋根、手前には馬車まで止まっている。

「秀ちゃん!」
 気づいたら、響は大声で幼馴染を呼んでいた。
 何があったのかと、慌てて厨房から出てきた男は、開封されたプレゼントを見てちょっとだけ恥ずかしそうな顔をした。
「すごいよ、秀ちゃん。これ、秀ちゃんが作ったんでしょ? これ全部飴? すっごく綺麗で可愛い!」
「気に入ったならよかった」
 響がこんなに興奮しているというのに、褒められたほうの男は嬉しそうな顔どころか、にこりともしない。

「なんだよー。すごいって言ってるんだよ?」
「ああ」
 秀史はさっさと厨房に戻ろうとする。響はその袖を掴まえて、これ全部飴? ともう一度聞く。
「飴だ。乾燥剤を入れてるからしばらくは持つと思う。長持ちさせたいならケースは開けるなよ」
「長持ちさせたいに決まってるじゃん! でも、ホントすごいよー。ねえ、こういうのってさー、コンテストとかあるんじゃないの? 出してみたらいいのに」
 どうにも居心地悪そうな秀史の袖を持ったまま、ぶんぶんと手を上下させると、彼は困った顔をして、もういいか? とわずらわしそうにする。
 しょうがないので袖を放してやり、厨房に向かう彼の後ろをついていく。

「ねー、秀ちゃんってばー。コンテスト、出てみなよー」
 入り口で止まって、再び掃除に取り組み始めた男に向かって言うが、返事はない。
「ねーってばー」
 それでも響はめげない。迷惑がられようが、うっとうしがられようが、全く気にしないという性格なのだ。
「無理だ」
 諦めたような声が返事をする。
「なんでー? だってすっごく綺麗だよ? 僕、お菓子好きだからこういうの結構見るけど、今まで見たなかで一番綺麗だと思う」
 お世辞ではない。そもそも響はお世辞などいう性格ではない。本当に感動しているのだ。
「技術はあっても、センスがないから駄目だ」
「そんなことないよ!」
 思わず大声になった。
 謙遜しすぎだ。自慢じゃないが響は自分のセンスにかなり自信を持っている。学生時代も美術だけは成績がよかったし、今でも芸術鑑賞は趣味だ。ちゃらんぽらんに見えるけれど、意外と美術展にはよく顔を出したりもする。

「センスいいって、これ!」
 きっぱり断言すると、横顔を見せていた男がふっと笑った。
「それは俺が考えたわけじゃない」
「え?」
 秀史は手を止めて、こちらを向く。
「覚えてないか? それはお前が考えたんだぞ?」

「何それ?」
 ぽかんとしていると、こちらに歩いてきた秀史が棚に手を伸ばし、一番薄いファイルを開いて画用紙を取り出した。それを一瞬自分で見てからこちらに差し出してくる。
「……これ……」
 画用紙にはクレパスで拙い、けれどしっかりとしたお城の絵が描かれていた。
 思い出した。それは間違いなく、幼い頃響が描いた絵だった。

「お月様のお城。秀ちゃん、覚えてたんだ……」
「約束したからな」
 絵と飴細工の城を交互に見て、響は胸がいっぱいになって、今まで感じたことのない、きゅんと痺れるような気持ちになった。

『色はねお月様みたいな色でね、屋根はとがってて、そうだ、馬車もあるの!』

 一片を思い出すと、次々と記憶が蘇ってくる。
 あれは小学校低学年の頃、秀史の家はお菓子屋さんだから、お菓子の家も作れるかと訊いたことが発端だった。
 しかし秀史の父は菓子は見た目じゃない、という信条を持つ男で、それを耳にたこができるほど聞かされていた秀史は、作れないと返事をしてきた。それにがっかりした響は、お菓子屋さんのクセにお菓子の家も作れないー? と、馬鹿にしたようなことを言った。
 それに怒った秀史が、俺が大人になったら作ってやると言ったのだ。
 響はそれが嬉しくて、約束だよ、約束だからね、と何度も指切りをさせ、作ってほしいイメージを絵にして秀史に渡したのだ。

『これ、家というか城だな』
『うん! だって僕お城大好きだもん。お城をプレゼントされたらきっとすごく嬉しいよね。チョコレート色のラッピングしてね、秀ちゃん』

 そこまで思い出して、響は笑った。
「僕、秀ちゃんとこにお嫁に来ようかな?」
 笑いながらそう言うと、
「馬鹿なこと言うな」
 と、怒られる。

 くすぐったい。なんだかとってもくすぐったくて、心がふわふわしてる。
「ありがとう、秀ちゃん。すっごく嬉しい。大事にするね。ダメにしないように蓋も開けないで、ずっと飾っておくね」
「ああ。乾燥剤を変えれば、長いこと大丈夫なはずだ」
それもまた、ぶっきらぼうに言う。どうもさっきから変だと思っていたが、きっとこれは照れているのだろう。
気づいたら、また顔が緩む。
「うん」
 えへへ。顔がにやけて直らなくなっちゃった。

「ねえ、秀ちゃん。今夜予定ある?」
「なんだ?」
 今更に、白衣姿の秀史は結構格好いいな、なんて思う。ゲンキンだとは思うが、この軽さも響の性格だからしょうがない。
「ご飯食べに行かない? 僕がおごるからさ」
 首を傾げて上目遣い。すっかりこういう可愛いこぶりっこも板についた。それに呆れたのか、秀史はため息をつく。
「お前、まともに働いてないんだろう? あぶく銭でおごってもらう気はない」
 ため息の理由は別だったらしい。
 それでも真面目に働けと説教してこないところが、響は好きだ。
「あぶく銭じゃなかったらいいの?」
 またため息。そんな金あるのか? というような顔をされ、だけど響はにやっと笑って、さっき貰ったばかりの茶封筒をひらひらさせた。
「高級レストランは無理だけどね」
 にっと笑って見せると、秀史は一瞬眉間に太い皴を刻み、それからちょっと考えて、でも最終的には観念した。
「お前には適わない」
 無表情を少しだけ綻ばせた秀史の顔を見て、本気でお嫁に来ちゃおっかな、と思ったことは、まだ響だけの秘密にしておくことにした。

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