Scene 12


「これもダメだなー……」
 机の上にはモノクロ写真が三十枚以上、所狭しと並んでいる。その一枚一枚をチェックしながら、直帆は暗い声でつぶやいた。

 二日間、東京から車で二時間の山奥に篭って撮ってきた写真たちは、全て直帆の納得のいくものではなかった。
 こんなことは初めてだ。
 梢で休む小鳥も、木の幹に空いた穴も、小川のほとりに咲く花も、これではただの記録だ。とうてい作品とは呼べない。
 苛立ちと微かな、しかし確実に嵩を増す不安から、直帆の表情は強張っていた。
 急ぎの仕事じゃないのだけが救いだ。

 写真を見ているのが辛くなって、直帆は仕事場にしている部屋を出た。
 かけていた仕事用の眼鏡を外して、眉間を指でほぐす。  写真は正直だ。
 現実逃避――心のもやもやをごまかすために写真を撮りに出たのが、いけなかったんだ――

 希薄な人間関係は寂しいが、その分悩むこともなく、だからこそ平穏に暮らしてこれたのかもしれない。そして、だからこそちょっと躓くとたちまち不安定になる。
 二十七にもなって、情けない。

 あれからもう一週間近く経つが、早瀬とは連絡をとっていない。
 ソファに座り込んで、ため息をひとつ。

 風が吹いて、白いカーテンがふわりと舞った。窓辺に置いてあるガラス製のガリレオ温度計が光を反射して、きらきらしている。
 カラフルな浮き球を持つガリレオ時計は、なんとなく早瀬を髣髴とさせるな、とふと思う。
 直帆は今までああいう明るさを持った人間を知らなかった。明るいという性格にそんなものがあるかどうかわからないが、明るさの純度が高いように思う。
 言ってみれば、人工の電気が作り出す明るさじゃなく、太陽光のような。彼本来の持っている明るさ。

 ガリレオ時計の隣では、フロックスが日差しを浴びて気持ちよさそうにしている。
 風香からは、あれから二度ほど電話があった。プリンが上手に作れたと嬉しそうに電話してきた時は微笑ましくて、直帆は勝手に彼女の兄のような気持ちになった。
 理には、早瀬に忙しいと言っている手前、しばらくは遊びに来ないように言ってあるから、ずっと会っていない。
 そういえば、なぜ早瀬なのだろう?
 最近は直帆には珍しく交友関係が広く、話し相手にはことかかなかった。
 友だちが欲しいのなら、早瀬じゃなくとも、風香でも瑞月でもいいのではないか? 彼らふたりだって、充分気が合いそうだと思える。

 早瀬の作品に感銘を受けたから?
 彼が自分にはない明るさを持っているから?
 美味しそうに食べる様子が好ましいから?
 考えれば考えるほどわからなくなる。
 急に机の上の携帯が鳴る。
 直帆の思考はそこで途切れた。



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