Scene 2


「どうしてお母さんに嘘ついたりしたんだ?」
 問いかけに返事はない。ヒロの前に立つ甥っ子はじっと自分の靴の先だけを見ている。

 翌日の夕方、昨日と同じように会社帰り柏木のマンションの前に出向いて、ヒロは理を捉まえた。昨日より理が早く出てきたおかげで、まだ外は明るい。
 妹にはまだ話していない。告げ口するみたいでなんだか嫌だったからだ。年齢的には子どもだが、理だってもう物事の分別がつく頃だ。本人に先に確認するのが筋だろうと思った。
 あまり恵まれているとは言えない家庭環境で育ち、自我の芽生えの早かったヒロは、子どもだろうがなんだろうが、対等に接するべきだという考えを持っていた。

 昨日柏木に会って話を聞いたことを告げると、普段冷静な理にはめずらしく動揺した様子を見せた。やはり、嘘をついていることに罪悪感はあったのだろう。俯いて黙り込んでしまった。
 可愛らしい旋毛を見せ続けている理に、ヒロは保護者然とした調子で続けた。
「大人の友だちがいることは全然悪くないだろう? そのことは責めないし、これからだって柏木さんと友だちでいたらいいと思うけど、どうして隠してたんだ?」
「だって……」
「だって?」
「普通じゃないでしょ?」
 下を向いたまま、ぽつりと言う。
「僕、学校にはお友だちいなくって、直帆さんしかお友だちいないんだもん。僕子どもなのに、大人の友だちしかいないなんて変でしょう?」
 思いもよらない告白に、ヒロは返す言葉がなかった。ヒロが黙っているからか、理がそろそろと視線を上げて、不安そうな顔で覗き込んでくる。
「変じゃないよ。うん、変じゃない」
「……本当?」
「うん。友だちに大人も子どもも関係ないよ」
「そうかな?」
「そうだよ」

 間違ってはいないはず。
 ただ、事態は意外と深刻なのかもしれない。よもや学校で苛められてないだろうかと思案しはじめた時、
「僕ね、直帆さんといるとすごく楽しいんだ。子どものお友だちがいなくても平気なんだよ。だから、心配しないで、伯父さん」
 ヒロの心配を察してか、理が明るく笑う。気を遣っているのかもしれないが、大人びたところのある少年だ。子ども同士より大人といるほうが有意義なのかもしれない。

「あのね、伯父さん。お願いがあるんだけど……」
 窺うような眼差しがおずおずとヒロの目を覗き込んでくる。
「母さんには心配かけたくないんだ、僕」
「ああ……うん。俺からは何も言わない。その代わり、ちゃんと自分で言うんだぞ」
「うん。わかった」
 中腰になって、小さな肩に両手を乗せて言うと、理は大きく頷き、柔らかそうな髪がさらさらと揺れた。
 やっぱりこの甥っ子は大人びているなと改めて思う。賢い子だとは思っていたが、こんなに心遣いの豊かな子だとは。伯父さんは感心しきりだ。

 気がつけば空は夕焼けに染まって、街にも夜が迫ってきている。
「じゃぁー、家まで送るよ」
「ねー、伯父さん」
「ん?」
 理はヒロの背広の袖を引っ張って、言いにくそうにこう言った。
「あのね。直帆さんは僕の大事なお友だちなんだ。だからね、僕より直帆さんと仲良くなったら、イヤだよ」



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