Scene 3 「可愛いこと言うねー」 機嫌のいい猫のように、ヒロの身体にじゃれつきながら、響が楽しそうに笑う。 「ホント、可愛いかったよ」 今日あった理とのやりとりを、話しているところだった。 我ながら伯父バカだなとは思わなくもないが、誰かに話さずにはいられないほど、僕より直帆さんと仲良くなったらイヤだよなんて言った甥っ子は、可愛くてしかたがなかった。 「俺も早く子ども欲しいなって思った」 「何それー? 僕に対する嫌味―?」 「お前、女だったとしても俺と結婚しようなんて思わないくせに」 ヒロが笑いながら言うと、わざとらしいふくれっ面を作っていた響もけらけら笑う。 何年も身体の関係を続けているから、あけすけがない。 付き合いは長いが、響もヒロも本気ではないことを互いがよく知っている。言ってしまえばセックスフレンド。実は響の苗字も年齢も知らない。けれど、性格も身体も相性がいい。それだけで充分長く付き合える。 最初響に誘われた時は、同性を相手にするなんて考えてなかった。初めてはほとんど押し切られた形だった。 やってみて、男同士にはまるということもなかったが、嫌悪も感じなかった。役割的に女を抱くのと変わらないからかもしれないが、今では響のことを可愛いとも思える。 「で、その約束は守るの?」 いつのまにか、ベッドに腰掛けるヒロの前に膝立ちになった響が、ヒロのスラックスのベルトを外しながら聞く。 「うーん……」 「もしかして狙ってる、とか?」 上目遣いのいたずらっぽい視線が送られる。 「別にそんなんじゃないよ! 俺、ホモじゃないし」 男にスラックスを脱がされ、下着ごしに中心に触れられながら、ヒロは喚いた。 「それなら僕に紹介してよ」 「え……?」 「ほら、やっぱり図星だー。食べたいならさっさと食べちゃわないと、横からすーぐ掻っ攫われちゃうからねー」 ヒロは返す言葉もなく小さく唸った。響はけらけら笑いながら、愛撫を続ける。 下着から熱を持ちはじめたものを取り出され、軽く唇をあてられる。少しずつ思考が靄のなかに吸い込まれていくけれど、頭のなかの一部分はいやに冴えていた。 そんなんじゃない。 内心で必要以上に強い否定を繰り返す。 ヒロは焦っていた。 柏木直帆にどきどきしたことは事実だ。それに、個展に誘われてすごく嬉しかったのも、一ファンとしてだけじゃない気がする 。 今だって油断すると、優しく微笑む壮絶に綺麗な顔が脳裏に浮かぶ。耳の奥で、穏やかな声が聞こえる気がする。足元では、響が慣れた仕草で中心への愛撫を続けているというのに、だ。 口腔の奥まで含まれて、息が上がる。赤っぽく脱色した髪を撫でると、性器を強く吸われた。 いつの間にか、響は愛撫しながら自分自身も弄っている。くちゅりくちゅりといやらしい音が部屋に響く。 その姿がいやらしくて興奮する。気持ちよくて夢中になる。でもそれ以上はないし、必要ともしていない。 それは響だけに限らず、誰に対してもだ。 ヒロはいつまでだって遊んでいたいし、固執するのもされるのも、苦手だ。そもそも、それほどの経験もヒロにはない。 物心ついたときからモテはしたが、いつも上っ面だけの恋だった。ヒロが相手に本気になれないからそうなるのか、相手も最初から本気じゃないのかわからないが。はじまりも終わりも、いつも簡潔なのが常だ。 だから柏木直帆の存在に動揺しまくっている自分は、明らかに今までの自分ではなく、望んでいる自分でもない。 感じたことのない焦燥感が徐々に増幅していく。 響が顔を上げたので、ヒロは自らシャツを脱いでから、響の服を脱がしにかかった。 セックスは円滑に進んでいく。 気持ちがついていかなくとも、身体は勝手に動く。 相手の性感帯も、趣向も知り尽くしている。体位が変わったところで、絡みかたは変らない。 再奥をつく刺激に、響がヒロを締めつける。響の高い嬌声に突き動かされ、より強い刺激を求めて腰を動かす。 快楽だけに溺れていたいのに―― いつまでも離れない柏木直帆の残像を、必死で心の外に追いやるように、ヒロは快感だけに意識を集中させた。 |