Scene 2


 やっぱりクルージングは嫌いだ。
 白ワインを傾け、薫は窓の外を見ながら思った。
 船に限らず、薫は他人が運転する乗り物は好きになれない。
 けれどそんなこと、目の前にいる着飾った女は思いもしないだろう。

「薫さんのクルーザーは、いつ乗っても素敵ですわね。今日は天気もいいし、最高の気分ですわ」
 肩にかかる巻髪を揺らして、彼女は微笑む。
 妻でもなく、恋人でもない。愛人と呼ぶしかない彼女の名前は利恵という。
 薫の記憶としての呼び名は、木曜日の女だ。

「喜んでもらえて光栄ですよ。俺にできることといったら、こんなことぐらいですから」
「ご謙遜を。薫さんでしたら、できないことのほうが少ないでしょう?」
 彼女は小さく笑う。
 その表情は、高校生のとき付き合っていたあの三番目の彼女と、同じだ。
 胸がすっと冷めていく。
 彼女たちの見ているものは、一体なんなのだろうか?

 二十六歳にして、世界的に有名な大企業の副社長で、社長代理。そんな肩書きが無かったとしても、女性には決して困らないだろうルックスに恵まれ、知性に溢れ、学歴だって充分誇れるものがある。金に苦労などしたことのない坊ちゃん育ちで、現在も衣食住、全て平均よりずっと豪華だ。現に今だって、自家用クルーザーに乗って、目の前には腕のいいシェフに作らせた最高級と言っていい料理が並び、手にしたワインも車が買えるほどの値段がする。
 確かに誰から見ても完璧に見えるだろう。

 しかし、実際は決して完璧などではない。薫とて、当然ながら人間だ。欠点も弱点もある。だけど、それを見ようともしない。あるはずがないと、最初から決めつける根拠は一体なんなのだろう?
 そんなことを考えること自体、贅沢だという自覚はある。
 けれど……

「薫さん、どうかしました?」
 無言でぼんやりとしていた薫を訝って、彼女が小首を傾げた時、胸ポケットのなかで携帯が振動しはじめた。
「あ、ちょっとすいません」
 相手の名前を確認してから席を立ち、離れたところで通話ボタンを押して耳に当てる。それから一分も会話をしないうちに電話を切り、薫は仕事を理由にして、彼女に別れを告げた。

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