Scene 13


「あーあ、行っちゃった……」
 遠のいていくタクシーのテールランプを見つめながら、朋聡は小さな声で呟いた。
「薫さんのケチー……」
 なんてね。

 車が見えなくなって、朋聡はエントランスに向かって歩き出した。ふっと目に入ったのはコンシェルジュのいるカウンターに飾られた紫陽花の紫色。
 ああ、もうそんな時期かと漠然と思う。
 時が過ぎるのは早いなー、なんて考えてちょっと笑う。

 俺も歳かな。
 二十六歳。二月になれば薫と同じ二十七歳。
 まだ二十七歳? もう二十七歳?

 この歳で超一流企業のトップに立ってる一ノ瀬薫は、間違いなくまだ二十七歳だろうから、その秘書をやってる自分も、たぶんまだ二十七歳、なのだろうな……
 だけど、結婚の予定は将来永劫的になくて、ちゃんとした恋人も、いなくて……ちょっと孤独だなーなんて考えると、もうすぐ二十七なのにって、意味もなく焦る自分がいたりする。

 はは。らしくないな。
 ワインを飲みすぎたのかもしれない。らしくない思考が止まらない。
 結婚してるって、どんな感じなのだろう? 待ってる人がいるって、どんな生活なのだろう?

 エレベーターに乗り込んで、朋聡はそっと胸元に触れた。そこには馴染みすぎて時々存在さえ忘れそうになる、十字架がある。
 胸がキリリと痛くなる。
 己の罪深さの分だけ、胸は痛む。息苦しくなって、早く狭い箱から脱出したくて、朋聡は階数を示すランプを睨んだ。
 こういう時だけは、最上階なんかにある自分の部屋が恨めしく感じる。
 月曜日は、これだから嫌いだ……

 日曜日は毎週、家族揃ってミサに行く。物心ついた頃から、変わらない習慣。
 ひとり暮らしを始めてからも、近くに住む家族と一緒に教会へ通っている。
 聖書を朗読することも、司祭様のお説教を聞くことも、昔は楽しかった。自分が人と違うと、気づくまでは……
 ようやく、エレベーターが最上階に到着し、朋聡は急いで箱を抜け出し廊下を進んだ。
 鍵を開け、部屋に入るとすぐに背広を脱いでネクタイを緩め、ボタンをふたつ外したワイシャツの襟元に手を潜らせて、十字架を取り出した。
 握り締めて、息を吸い込む。
 壁に凭れかかって、深く吐く。

 月曜日は嫌いだ。
 日曜日、嫌というほど感じた罪悪感が消えない月曜日は大嫌いだ。
 ゲイでサドで、おまけに女装趣味。
 普段はそれも個性でしょ? ぐらいに開き直っているのに、月曜日だけは自分が汚いものに思える。
 らしくなくなる月曜日は、ひとりでいるのも辛いけど、遊びに出かける気にもならない。薫を呼び止めようとしたのは、本能だったのかもしれない。
 もう少し、一緒にいて欲しかった……
「本気、だったりして……」
 ぽつりと呟いてみれば、胸が疼くような感じがした。
 ぎゅっと十字架を握り締める。

「なんてね……」
 ため息みたいな笑いをこぼして、朋聡は勢いをつけて、凭れていた壁から身を起こした。



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