Scene 30


 服を脱がし合いながら、唇を何度も重ねた。
 互いに焦っていて、それに気づいて笑い合った。
「ティーンエイジャーみたいですね、俺たち」
 橘の手が、下着に潜り込んでくる。
 性器を握られ、甘い声がもれた。

「俺のも、触って」
 手首をつかまれ、誘われる。
 一度握ったことがあるのにやけに照れて、心臓がうるさく轟く。
 大したことはしていないのに、もうそこは昂ぶっていた。手のひらに包んだだけで熱を増す。それは、薫も同じだった。
 何度か擦られただけで先からは雫が垂れて、気持ちよくて堪らなくなる。

「可愛い、薫さんの、ここ」
 涙を流す鈴口をくじられる。
「ぁ……ん、ぅ…」
 快感を引き出す指先は巧みで、感じる場所をすぐに探し当てられる。薫の素直すぎる反応のせいだ。それが自分でもわかるから、刺激されるたびに橘の肩を殴ってしまう。
 と言っても、身体に力が入らないので、殴っているのか、撫でているのかわからない。
 橘の左手が、わき腹を撫でながら下りていき、下着の隙間を潜って腰骨をゆっくりとなぞる。
「薫さんのここ、好きです」
 言葉どおり、橘はしつこくそこを触る。

 薫にとってそこはそれほど感じる場所じゃない。けれどずっと触られていると、そこも性感帯だったような錯覚に陥ってくるから不思議だ。
「初めて会った時も、ここにいっぱいキスしたんですよ。覚えてませんか?」
 言われて思い出した。
 あの朝鏡に映った自分の姿。腰骨に多く散った赤い痕跡。
 思い出してみると、やはりあれをつけたのはこの男だったのかという、新たな興奮と妙な羞恥に見舞われて、居た堪れなくなった薫は橘の首に抱きつき、背中を叩いた。

「薫さん、どうして気持ちいいと攻撃してくるんですか? そういう時はちゃんとイイって言わないとダメですよ?」
 そんなことを言うから、ドンドンと、さっきより強い力で殴ってやった。橘は大減さに痛い痛いと言って笑う。
 なんで俺ばっかり……
 相手の余裕が腹立たしくて、薫は握っていた性器の裏に指を走らせた。すると、橘が切なげに眉根を寄せる。

 なんて顔……するんだ……
 余裕を奪ってやるつもりでしたのに、余裕がなくなったのは薫のほうだった。
 どきどきと心臓が高鳴って、どうしていいかわからなくなる。
 惚けているうちに、橘が舌を絡ませてきた。
 執拗に腰骨を触っていた手が、またわき腹を撫でながら上昇していく。それが乳首に触れた時、思わず橘の舌を噛みそうになった。

「ほら、イイって言って」
 濡れた唇が意地悪に笑う。
 薫は唇を噛んで、首を横に振る。
 そんなこと、言えるわけがない。
 指先で潰されたり、爪で弾かれたり、つままれたりする度に、そこは硬くなった。

「このままじゃ、どろどろになっちゃいますね」
 橘は、下着ごと薫のズボンを脱がした。彼にはそういう余裕があったが、薫はもうされるがままで、肩を叩くこともできなくなっていた。
 感じるところをどんどん見つけられ、執拗に嬲られて力が抜けていく。橘のもちゃんとしたいのに、上手にできなくなる。
「い、や……」
 お前のをできなくなるから嫌だ。そう伝えたいのに、唇からこぼれるのは吐息ばかりで、言葉にならない。

「嫌? どうして? 気持ちいいんでしょう?」
 粘膜を持っていそうな、ねっとりと甘い声が聞こえる。
 ああ、ダメだ。
 この声はダメだ。
 どくん、と全身が鼓動する。
「ダメ……たち、ばな……」
「薫さん、可愛い。気持ち、いい?」

 もう、ダメだって言ってるのに……
 薫の手はもう思うように動かなくなっている。性器を握ってはいるが、ようやくゆるゆると動いているだけだ。
「も、ぅ……やだ…って……言って……は、ぁ……」
 女みたいな嬌声がこぼれた。
「ん、ん……」
 ダメだ、止まらない。

 全身がとろとろになっている。
 薫は、橘に寄りかかった。もうこうしないと、真っ直ぐ座ってもいられない。
「薫さん、イキそう?」
 小さく頷くと、扱くスピードを上げられる。
 我慢する暇も与えられず、薫は射精した。

 橘に寄りかかったまま肩で息をしていると、背中を優しく撫でられる。
 そうされているうちに、じわりじわりと自分自身に対する抵抗感と嫌悪感が沸いてくる。
 自分がばらばらになりそうだ。
 男に触られて蕩けさせられてしまった自分を受け入れられない。まして自分ばかりよがって……

 薫はそろそろと、橘の下腹に手を伸ばした。
 屹立は情欲を示している。先の濡れたところを触ると、胸が痺れる。
 これを触って興奮するなんて信じられない。信じられなくても、実際橘の性器を握ると、身体の中心が甘く疼く。

 認めざるを得ない。
 認めたくない。
 両立する心があって、苦しい。

「薫さん、嫌ならしなくていいんですよ?」
 優しい声が聞こえた。
 薫は首を振って否定する。
「ねえ、薫さん」
 呼ばれて、顔を上げる。艶めいた瞳がこちらを見つめている。

「薫さんと繋がりたいんですけど、ダメですか?」
 繋がる……
 じくじくと恐怖心がわいてくる。
 繋がるということがどういうことか、橘が自分にどうしたくて、自分がどんなことをされるのか、考えれば考えるほど、心が戦く。
 できない。できるわけがない。
 そんなことをしたら、自分はどうなってしまうかわからない。
 今でさえ、こんなにバラバラになってしまっているのに……

「……嫌だ」
 言って、俯いた。橘の顔を見るのが怖かった。
「手で……してやるから」
「薫さん」
 性器を握る薫の手に、橘の手が重なる。

「俺、薫さんと抱き合いたいんです。繋がって確かめたい。俺のものにしたいんです」
 抱きしめられ、半端に着たままのシャツ越しに熱を感じる。
「……でも…」
 怖い。だけど、橘の気持ちに応えたいと、そう思わないわけではない。薫だって、したくないわけじゃない。ただ、できないと思うのだ。
 けれどそんな違いが伝わるわけはない。
 橘にとっては、拒絶されたというだけのことだ。

 いたたまれない。どうしていいかわからない。

 困惑する薫の耳に、橘がキスをしながら言う。

「俺のものになって、薫」

 身体ごと、心臓が跳ねた。
 薫。
 呼び捨てにされる、ただそれだけのことに身体も心も過剰に反応して、全身に熱が上がった。



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